皆さん、こんにちは!税理士法人タクト職員 蘇力徳です。今年の夏も厳しい暑さが続いております。日中の日差しは強く、朝晩も蒸し暑い日が少なくありません。体調を崩しやすい時期ですので、くれぐれもご自愛ください。
さて、私たちの老後資金形成の重要なツールであるiDeCo(個人型確定拠出年金)は2025年度の税制改正により、「出口戦略」が大きな転換点を迎えます。これまで多くの方が検討してきた節税効果の高い受け取り方が、いわゆる「10年ルール」の導入によって見直しを迫られることになります。
今回は、iDeCoの2025年税制改正のポイントである「10年ルール」や、従来から存在する「19年ルール」を分かりやすく解説し、今後の最適な出口戦略と注意点をケース別に詳しくご紹介します。ご自身の老後資金を最大限に活かすため、ぜひ最後までご覧ください。
1.iDeCoの出口戦略を揺るがす「10年ルール」とは?
今回の税制改正で最もインパクトが大きいのが、退職所得控除の適用ルールの変更、通称「10年ルール」です。これは、iDeCoなどの確定拠出年金を一時金で受け取った後、会社の退職金を受け取る際の税制優遇に関わる重要な変更です。
そもそも退職所得控除とは?
iDeCoや会社の退職金を一時金で受け取る際には、長年の功労に報いるという観点から、税負担が大幅に軽減される「退職所得控除」という優遇制度が適用されます。控除額は勤続年数(iDeCoの場合は掛金拠出期間)に応じて大きくなり、控除額を超えた部分のさらに2分の1のみが課税対象となる非常に有利な仕組みです。
※詳しくは国税庁HP→タックスアンサー(よくある税の質問)→№1420 退職金を受け取ったとき(退職所得) 参照
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm
「5年ルール」から「10年ルール」へ
現行制度では、iDeCoの一時金と会社の退職金の受け取り時期を5年以上空ければ、それぞれの退職所得控除を別々に満額適用できました。例えば、「60歳でiDeCoを一時金で受け取り、65歳で定年退職して会社の退職金を受け取る」という方法で、税負担を大きく抑えることが可能でした。
しかし、2025年度税制改正により、この間隔が10年以上に延長されます(2026年1月1日以降の支払いが対象)。この変更により、「60歳iDeCo、65歳退職金」という従来の王道の出口戦略では、退職所得控除を満額活用できなくなり、多くの方にとって実質的な増税となります。
2.もう一つの鍵「19年ルール」も忘れずに
一方で、会社の退職金を先に受け取り、その後にiDeCoを一時金で受け取る場合に適用されるのが「19年ルール」です。
これは、会社の退職金を受け取ってから19年以内にiDeCoの一時金を受け取ると、退職所得控除の計算上、勤続期間(iDeCoの加入期間)の重複分が調整されるというルールです。今回の税制改正で「19年ルール」自体に変更はありませんが、出口戦略を考える上で非常に重要です。
iDeCoの受け取り開始が60歳から75歳までの間で自由に選べます。例えば一番遅い75歳に受け取り開始にする場合、退職所得控除を満額活用するには、55歳で早期退職し退職金を受け取る必要があります。つまり、このルールを回避するのは非常に難しいのが実情です。
3.【ケース別】2025年改正を踏まえた最適出口戦略
それでは、「10年ルール」の導入を踏まえ、私たちはどのような出口戦略を立てればよいのでしょうか。働き方や退職金の有無によって最適な方法は異なります。
ケース1:会社の退職金が見込める方
最も影響を受けるのが、会社の退職金制度がある方です。従来の「5年ずらし」が使えなくなるため、以下の選択肢を検討する必要があります。
選択肢①:iDeCoを「年金形式」で受け取る
最も有力な選択肢の一つです。iDeCoを年金で受け取る場合、退職所得控除ではなく「公的年金等控除」が適用されます。これにより、会社の退職金(一時金)とは別の税制優遇枠を使うことができるため、「10年ルール」を気にする必要がなくなります。
- メリット: 会社の退職金は一時金で受け取り、退職所得控除をフル活用できる。
- 注意点: 公的年金(国民年金・厚生年金)と合算して課税されるため、年金総額が多いと税率や社会保険料(国民健康保険料など)が上がる可能性がある。
選択肢②:iDeCoと退職金を「同時期」に一時金で受け取る
あえて受け取り時期をずらさず、同じ年に両方を一時金で受け取る方法です。この場合、iDeCoの加入期間と会社の勤続期間を合算(ただし、長い方の期間で有利に計算)して、一つの大きな退職所得控除枠として利用します。
- メリット: 手続きが一度で済み、大きな控除枠を使える可能性がある。
- 注意点: 退職金とiDeCoの合計額が控除額を大幅に超える場合、税負担が大きくなる。
選択肢③:iDeCoの受け取り時期をできるだけ遅くする
iDeCoの受け取り開始は60歳から75歳までの間で自由に選べます。例えば、65歳で会社の退職金を受け取り、iDeCoの受け取りを75歳まで繰り下げる場合、19年ルールにより満額控除が受けませんが、10年の間隔が確保でき、少なくても400万円(40万円×重複していない期間10年)の退職所得控除額が適用できます。
- メリット: 少なくても400万円(10年の間隔がある場合)退職所得控除が享受できる。iDeCoの受け取り開始まで運用を継続できるため、資産をさらに増やせる可能性がある。
- 注意点: 400万円超(10年の間隔がある場合)の退職所得が課税される。iDeCoの受け取り開始まで資金が拘束され、運用を続けるため、資産が値下がりするリスクもある。
ケース2:退職金がない・少ない方(自営業者・フリーランスなど)
会社の退職金がない、または非常に少ない自営業者やフリーランスの方などは、「10年ルール」の影響をほとんど受けません。
この場合、引き続き「一時金」で受け取るのが最も有利な選択肢となるでしょう。iDeCoの加入期間に応じた退職所得控除を最大限に活用することで、非課税で受け取れる可能性が高くなります。
4.出口戦略を成功させるための重要ポイント
最適な出口戦略は一人ひとり異なります。後悔しない選択をするために、以下の点に注意しましょう。
- 必ず税額をシミュレーションする: ご自身の退職金の見込み額、iDeCoの資産額、公的年金の受給見込み額などを基に、一時金、年金、併用など、複数のパターンで税額がどう変わるかを必ず試算しましょう。
- 受け取り期間中の運用リスクを管理する: iDeCoは受け取りを開始するまで運用が続きます。60歳を過ぎたら、リスクの高い商品から元本確保型などの安定的な商品へ資産を移す(スイッチング)など、資産を守る運用に切り替えることも重要です。
- 社会保険料への影響も考慮する: 年金形式で受け取る場合、所得が増えることで国民健康保険料や介護保険料が上がる可能性があります。税金だけでなく、社会保険料も含めたトータルの手取り額で判断することが大切です。
5.まとめ
2025年度の税制改正、特に「10年ルール」の導入は、iDeCoの出口戦略に大きな影響を与えます。特に会社の退職金がある方は、従来の「ずらし受け取り」が有利でなくなる可能性が高く、「年金受け取り」や「同時受け取り」が1つの選択肢として考えざるを得なくなりました。
老後の生活を支える大切な資産だからこそ、制度変更の内容を正しく理解し、ご自身のライフプランや資産状況に合わせて、早めに戦略を立て始めることが重要です。まずはご自身の加入状況を確認し、専門家にも相談しながら、最適な「出口」を見つけていきましょう。